コダーイメソッドとは何か?《連載第23回》

〜【ポリフォニーと和声】⑧〜

 古いポリフォニー様式の中で忘れてはならないものの一つに、中世ヨーロッパの教会で生まれた〝オルガヌム〟があります。

 このオルガヌムは、(特にその初期においては)、カノンのように各声部間にリズムの違いがありません。つまり、全く同じメロディーを同時に歌い、ただその音の〝高さ〟の違いを楽しむのです。例えば、次のような歌い方です。     ↓

r  ┌─ な   な   そ こぬ け‥
d 四    べ   べ
 度  ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
l  └─ な   な   そ こぬ け‥
s      べ   べ 

 このような〝並行オルガヌム〟は、大勢の人達がお経を唱え続けている時などにも自然に起きているものですし、響きも大変に美しいので、子ども達にも是非体験させたい‥の‥です‥が、これを教室でやってみると案外難しい‥ということがわかります。

 ‥と言いますのも、同じような動きのメロディーをずっと並行して歌い続けていますと、どうしても同じ音(ユニゾン)の方が力が強いので、そちらの方に引ずられてゆき、子ども達が一定の音程差を保つことができなくなってしまうのです。

 この〝つられやすい〟という問題を解決するためには、2つの方法があります。

 一つは〝自由オルガヌム〟を活用するのです。〝自由オルガヌム〟(または〝斜行オルガヌム〟)は、ユニゾンから始まり、次第に音程差が広がってゆく‥という形なので、子ども達も音が〝釣られ〟にくくなります。

l       な       そ  こぬ け
s    べ /     べ
       m           な       そ こぬ け   
r                     
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
t         たら
l そ こがぬけ/  \かえり しょ
s        たら/   ま
        /
m そ こがぬけ
l  かーくれ     と
s          か ご   か

m                      ご
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
l        かー   ろー ─┐
s        て    くれ    四度
m  とになっ   かー   ろー ─┘
r                 くれ

 もう一つの解決方法は、音程差を保ったまま、これをカノンにしてしまう‥というやり方です。

l つーきかくー  あんどんかーーーー ┐
s          もか          4度
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥  
m         つーきかくー  あんどんか‥┘   
r                   もか         

 これは、もう既にオルガヌムではなく、〈四度のカノン〉と呼ばれるものですが、このように、フレーズに適度な〝ズレ〟があった方が、むしろそれぞれのメロディーを感じやすくなり、子ども達は音程差を保って歌うことができます。

 ただし!‥そのどちらの場合にも、大切なポイントがあります。

 それは、子ども達が〈お互いの声の響き合いをちゃんと楽しんでいるのか⁈〉‥ということなんです!

『われわれのほとんどの歌唱指導者と合唱団のリーダーは,ピアノに合えば,音程の問題はすんだもの,と信じている。今日の,ピアノ=アコーディオン文化,すなわち非文化においては,合唱の清潔さが,純正調の清潔な音程に基づいており,したがって,平均律に調整されたピアノの音程とは,全く無関係であることが,すっかり忘れ去られている。』

〜コダーイ『清潔に歌おう!』のまえがきより(1941年)〜

‥ ‥ ‥

 例えば、オルガヌムには、近代の和声法では〝不安定である〟として避けられている〈完全四度〉がよく使われていますよね。何故でしょうか?

‥それは、純正な音程でこの〈完全四度〉を響かせると、そこに〈結合音〉と言うものが生じ、響きが全然〝不安定〟じゃなくなるからなんです。

 下の表を見てください。これは、2つ音を、同時に歌った場合に生じる《結合音※》の表です↓

(周波数比)
 ↓
s‥6              ソ  
f
m‥5         ミ  ミ  ミ  ミ─┐
r                    :         
d‥4    ド    〈ド〉 ド  :
t                :  :  :
l.               :  :  :
s‥3    ソ  ソ  : 〈ソ〉《ソ》
f      :  :  :  :  
m      :  :  :  : 
r      :  :  :  :  :
d‥2  〈ド〉《ド》 :  :  ド─┘
t      :   :  :  :
l      :  :  :.  :
s      :  :  :  :
f      :  :  :  :
m      :  :  :  :
r      ↓    :  :  :
d‥1  《ド》〈ド〉《ド》《ド》

《 》‥最初に聞こえる第一結合音
〈 〉‥微かに聞こえる第二結合音

 (※結合音=2つの重なり合う音の周波数の差分の音が、下の方に〝うなり〟となって聞こえてくる現象をこう呼びます。これを〝差音〟または〝下方倍音〟などとも言う人もいます。周波数比が単純な整数になる程、はっきりと聞こえてきます。例えば、ソとミの音を純正な音程で同時に歌うと下の方に低いドの音が響いてくるのです。とても神秘的です。)

 『子どものコーラスの場合には, よい音程でうたうと,子どもがとうてい出せないような低い音が, 見事に聞こえてくることがある。』

〜コダーイ『清潔に歌おう!』のまえがき(1941年)〜

‥ ‥ ‥

 合唱の楽しみは、ただ〈違う高さの音を歌っておもしろい〉‥と言ったレベルのことだけではありませんよね。音と音が完全に溶け合った時には、この〈結合音〉を始め、様々な美しい響きがプリズムの光のように広がっています。みんなで協力すれば、一人の力ではけしてできないようなそんな素晴らしい音の世界を作り上げることができる、それが合唱をすることの本当の醍醐味なのではないでしょうか?

 私達は、子ども達にこの醍醐味を知らせるために、一回の授業のうち、たとえ一音でも‥あるいは、たとえ一瞬でもいい、子ども達が『あ!音が溶けた〜!』『すご〜い!』『気持ちいい〜!』と思えるような時間を作ってあげるようにすることが大切です。そういった小さな小さな〝感動体験〟の積み重ねが子ども達を本当の〝合唱好き〟にしてゆくのですから‥。

 『清潔なイントネーションなしにどんな多声歌唱も,単旋律の歌唱も成立しはしない,(ということである。)清潔なイントネーション、即ち意識的に“より高く”ないしは“より低く”うたうことは,けっして体験をもって音楽することと相いれないこと,それを殺してしまうこと,それの犠牲においてなされることではない。いや,むしろ,快いアクースティック(音響的体験)なしに音楽的体験もあり得ない。そして,この種の音響的体験を,私たちは,どのふつうの学校のどんな教室においても創造することが可能である, と主張する。』

 〜ヘルボイ·イルディコー『普通小学校における多声性,調性及び形式の教授』1976年ブダペスト》〜

 さて‥、

 この〈完全四度〉の他にも、様々な協和音程を子ども達に体験させてゆく楽しい方法が一つありますので、それについても簡単にご紹介しておきますね。

(第24回につづく)

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